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 日本国憲法が公布(広く知らせること)されてから80年をむかえました。日本が戦争で負けたことをきっかけに、それまでの大日本帝国憲法(明治憲法)に代わる新しい憲法として定められました。明治憲法と比べながら、日本国憲法の成り立ちと三つの原則をおさらいし、現状を確かめます。【木村健二】

 日本は1945年に第二次世界大戦で負けた後、アメリカなどによる連合国軍総司令部(GHQ)の指導を受けながら民主化に取り組みました。憲法は国の仕組みや国民の権利・自由を定めた一番大事な決まりで、「国のかたち」の骨組みに例えられます。新しい憲法を定めることになり、日本側はそれまでの天皇を中心とした国のあり方(国体)を守ろうとしました。

 最高司令官のマッカーサーらGHQ側は日本側の改革が不十分だとして、モデルとなる草案を示しました。日本側が改正案をまとめ直し、議会で可決したのが日本国憲法です。日本国憲法は、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重の三つの原則を柱にしました。

 公布されたのが46年11月3日、施行(効力を持つこと)されたのが47年5月3日でした。11月3日は明治天皇の誕生日でしたが、戦後は「文化の日」とされ、5月3日が「憲法記念日」になっています。

 「主権」とは、国の政治のあり方を決める大もとの力です。1889(明治22)年に公布された明治憲法は、主権が天皇にありました。「万世一系(ずっと昔から血筋がとぎれずに続くこと)の天皇」が国を治め、天皇は神聖で侵してはならないとされていました。

 昭和天皇は日本が戦争に負けた後、天皇を神さまだとする考えを否定する「人間宣言」を発表しました。日本国憲法では、天皇は国と国民のまとまりの「象徴」(シンボル)になりました。天皇は憲法に定められた仕事だけを行い、政治には関わりません。日本国憲法は、主権が国民にあることを宣言しました。民主主義の考え方に基づき、国民が代表(国会議員)を選び、国会で国の政治を決めていきます。

 憲法には、イギリスやアメリカ、フランスで強すぎる王さまなどの力を制限するために発達してきた歴史があります。日本国憲法でも、天皇や大臣、国会議員、裁判官、そのほかの公務員が憲法を守る義務を負うと定めています。

 明治憲法は、天皇が軍隊をまとめて率いると定めていました。一部の軍人らが天皇の名を借りて政治に口を出したり、軍縮に反対したりしました。行き着いた日中戦争から太平洋戦争にかけて日本の約310万人が亡くなり、中国など他の国々に多くの犠牲者が出ました。

 日本国憲法は9条で、戦争を放棄(捨て去ること)し、武力で相手をおどしたり、武力を使ったりしないことを定めました。その目的を達成するために、陸海空軍などの戦力を持たないことにしました。前文では「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」とし、「平和的生存権」の考えを打ち出しました。

 ただ、連合国の占領が終わった後もアメリカ軍が日本に残り続けました。1950年代の朝鮮戦争をきっかけにアメリカは日本に再軍備を求めるようになり、自分の国を守る「自衛権」に基づく組織として自衛隊が生まれました。政府は自衛隊について「自衛のための必要最小限度の実力」にとどめていて、憲法9条が禁じる「戦力」にはあたらないと説明してきました。

 明治憲法は、天皇のもとにある人々を「臣民」と呼んでいました。その権利は、「臣民の義務に背かない限り」「法律の範囲内」といった形で制約を受けました。明治憲法でも信教や言論の自由が認められていましたが、天皇を中心とした国のあり方を変える考えを持つと疑われた人たちはきびしく弾圧されました。

 日本国憲法は、基本的人権が侵すことのできない永久の権利として国民に与えられるとしました。すべての国民が個人として尊重され、法律の下に平等で差別されないと定めました。例えば、女性は選挙で投票や立候補ができませんでしたが、戦後まもなく参政権が認められるようになりました。日本国憲法で男女の平等がはっきりしました。

 また、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」があると定め、「生存権」と呼ばれる権利が保障されるようになりました。生存権に基づいて、くらしに困った人にお金を支給する仕組みとして「生活保護」などが設けられています。

 日本国憲法はこの80年間、変わっていません。憲法を改正する案を決め、国民に提案することを「発議」といいます。憲法の改正は、衆議院と参議院の総議員の3分の2以上の賛成で国会が発議し、国民投票で過半数の賛成が必要です。法律案や予算案が衆参両院で過半数の賛成で可決されれば成立するのに比べ(議決が異なる場合は衆議院を優先)、憲法を改正する手続きはきびしくなっています。自衛のための軍備をはっきり位置づけるように9条の改正を目指す自民党が長く政権を担いましたが、9条を守ろうとする社会党などの勢力が国会で3分の1以上の議席を占め続けたため、改正に至りませんでした。

 高市早苗・総理大臣(自民党総裁)は今年4月の自民党大会で、憲法改正について「時は来ました。国会で結論のための議論を進め、改正の発議について何とかメドが立ったと言える状態で来年の党大会をむかえたい」と意欲を見せました。自民党は今年2月の衆議院議員選挙で大勝して3分の2以上の議席がありますが、参議院では過半数に届いていません。

 毎日新聞が9月に行った世論調査で、高市内閣に取り組んでほしいことを聞いたところ(複数回答)、「憲法改正」は16%にとどまっていました。最も高かった「物価対策」(77%)、続く「景気対策」(58%)などよりも、かなり低くなっています。

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