(CNN) サッカーのワールドカップ(W杯)北中米大会を戦うコンゴ代表は、鮮やかなスカイブルーのユニホームを身にまとう選手たちだけでなく、「非公式の12人目の選手」でも注目を集めている。その人物とは、ミシェル・ンクカ(クカ)・ムボラディンガさん。本名よりも、愛称の「ルムンバ・ベア」の方が通りがいい。
ムボラディンガさんはコンゴ代表の最も有名なサポーターであり、2025年にモロッコで開催されたアフリカ・ネーションズカップで一躍脚光を浴びた。同大会でムボラディンガさんはコンゴの全試合会場で台座の上に立ち、鋼のような眼差しを向け、右腕を上げたまま試合開始から終了まで微動だにせず立ち続けた。
このポーズは、1960年6月にベルギーから独立を果たしたコンゴの初代首相、パトリス・エメリー・ルムンバへのオマージュだ。ムボラディンガさんの風貌は、ルムンバと驚くほどよく似ている。ルムンバは独立から7カ月も経たない61年1月、35歳の若さで暗殺された。
65年以上が経過した今もなお、パトリス・ルムンバはコンゴの歴史上最も崇敬される人物の一人であり続けている。そして今やすっかり有名になった代表の試合での儀式を通じて、ムボラディンガさんはルムンバの遺志継承の一翼を担っている。
首相就任期間が3カ月にも満たなかった指導者が、死後65年以上にわたってこれほどまでに尊敬を集め続けていることは驚きに値すると思えるかもしれない。
しかし、ルムンバは単なる政治家を遥(はる)かに超えた存在だった。
ベルギーの植民地支配に対する闘争において、ルムンバはコンゴ民族主義の象徴となった。闘争のきっかけは1885年、ベルギー国王レオポルド2世によるコンゴ自由国の設立だった。
自由を求めるコンゴ民主共和国の過酷な闘いを率いたルムンバに対し、公民権運動家のマルコムXは1964年、「アフリカ大陸を歩んだ中で最も偉大な黒人」との賛辞を贈った。
そんなルムンバを「自分のインスピレーションの源泉」と語るムボラディンガさん。先月メキシコからCNN Sportsの取材に答え、「パトリス・ルムンバは団結のシンボル。立ち上がり、誇りを持つことをコンゴ人に教えた人物だ」と述べた。
60年6月30日、レオポルドビル(現在の首都キンシャサ)にある「国家宮殿」で行われた、あの有名な独立記念日の演説ほど、そのことを如実に表すものはなかった。
独立を勝ち取った相手となるベルギーのボードワン国王の前に立ち、パトリス・ルムンバは同国の植民地主義を痛烈に非難する衝撃的な演説を行った。
「今日、コンゴの独立が宣言されるが、この独立が闘争の末に勝ち取られたものであることを、コンゴ人は決して忘れないだろう」。ルムンバはそう語った。
「朝も昼も夜も、我々は『黒人』というだけで嘲笑や侮辱、暴行を受けてきた。自由を手にした黒人に何ができるかを世界に示さなくてはならない。コンゴをアフリカの誇りとしなくてはならない」
Indonesian
English
Hindi
Thai
Vietnamese
Burmese
Spanish
Portuguese
Arabic
Russian
Chinese