2026 Mar 11 , by:
Top News
小学生82人は海辺の校舎から1・5キロメートル先の山へ逃げ、迫り来る津波から全員が生き残れました。沿岸部に被害が集中した東日本大震災で、この小学校のケースは「奇跡の避難」と言われました。当時6年生だった横山和佳奈さん(27)は被災体験を生かす仕事に就き、27歳になりました。「あの時、避難が10分おくれていたら、私はこの世にいない」。そう思うからこそ、伝えたいことがあります。
福島県浪江町の海沿いに広がる請戸地区は、漁業が盛んな漁師町でした。町立請戸小学校は、海岸まで約300メートルの場所にありました。
2011年3月11日の午後。1年生11人は下校を終え、学校には2~6年生の児童82人と教職員13人がいました。午後2時46分、大地が大きく揺れました。6年生の教室にいた横山さんは立っていられず、机の下へもぐりこみました。
揺れが収まると児童たちは校庭に集まり、午後3時前には避難を始めました。上級生が下級生の手を引き、交差点では渋滞の車列をすり抜け、1・5キロメートルほど離れた山に向かいました。
児童・教職員95人全員が山に入ったのは午後3時半ごろ。そのわずか10分後、津波が山のふもとまで達しました。「助かったのは先生たちの判断のおかげ。あと10分おそかったらこの世にいない」と横山さんは語ります。
児童たちは海とは反対側へ山を下り、通りかかった大型トラックの荷台に乗せてもらいました。役場に着き、保護者に引き渡されました。横山さんは翌12日に両親と弟と再会しましたが、おじいさんとおばあさんの行方が分かりませんでした。
12日には東京電力福島第1原発が爆発しました。避難指示で自宅にもどれないまま、お母さんの実家がある福島県郡山市で暮らすことになりました。【田倉直彦】=2面につづく
This is the title
This is the content
Ok
Cancel
Indonesian
English
Hindi
Thai
Vietnamese
Burmese
Spanish
Portuguese
Arabic
Russian
Chinese