
私が暮らすニューヨークを含むアメリカ北東部では近年、夏が近づくとある外来生物がメディアで話題になります。脚は8本で、黄色と黒のしま模様が特徴の「ジョロウスパイダー」(JoroSpider)。「あれっ?」と思った人は鋭いですね。日本で本州から九州まで広く生息しているジョロウグモです。
メスの方が大きく体長は1.5~3センチメートルほど。脚を含めると手のひらほどになる個体も珍しくありません。
辞書でジョロウグモをひくと、女郎という漢字が出てきます。若い女の人という意味があります。身分の高い女性を指す上﨟に由来するという見方もあるそうです。昔の人はジョロウグモの見た目にあでやかな印象を持ったのでしょうか。女の人が夜になると大きなクモに変身して人を襲う妖怪の伝説も日本各地に残っています。
ジョロウグモは中国や韓国など東アジアにも分布しています。それなのに日本語の一般名が英語で使われているのは面白いですね。
学術誌での報告によれば、アメリカで、ジョロウグモは約10年前に南部ジョージア州で初めて確認されました。貨物船の積み荷のコンテナにくっついて、アジアから海を渡ったという説が有力なようです。腹の先から出す糸を使って空にあげるタコのように飛ぶ「バルーニング」のほか、自動車などに巣を張ってヒッチハイクのようにアメリカの広い国土で生息域を広げているとみられています。
昨年の夏には、いよいよ最大都市ニューヨークに侵入するのではないかと騒ぎが広がりました。一部のメディアは「空飛ぶ毒グモが襲来」「アメリカを恐怖におとしいれる」などとセンセーショナルにあおりました。たしかにジョロウグモは毒を持っていますが、人間に害を及ぼすほど強いものではありません。外来種の害虫などを捕食するため「役に立つ」などという間違った報道もありました。
アメリカのクレムソン大学で外来種を研究しているデービッド・コイルさんたちの研究グループは「ジョロウグモが環境に与える影響を大げさに強調したり、反対に無害であるかのように伝えたりしないように」と現地のメディアに冷静な対応を呼びかけました。その上で「広がりを注意深く監視し、対策を決める時には慎重かつ科学的な証拠に基づいた方法をとるべきだ」とアドバイスしています。<タイトルカット:陽魚>
毎日新聞ニューヨーク支局専門記者。気候変動や環境問題などが取材テーマ。科学環境部やブリュッセル支局でも取材をしていました。水族館が好き。