
(CNN) 米国のメラニア・トランプ大統領夫人はこのほど、自身の声で自身の回顧録を録音したオーディオブックを発売した。だが、ナレーションは本人が担当したわけではない。
メラニア氏はX(旧ツイッター)への投稿で、人工知能(AI)を使い自身の声で読み上げた回顧録を届けられることを光栄に思うと述べ、「出版の未来を始めよう」とつづった。
AIをこのように活用するのはメラニア氏が初めてではない。しかし、メディアの制作において、科学技術とその活用をより大きな舞台で取り上げるというメラニア氏の選択は、あらゆるものの制作に近い将来、AIが大きな役割を果たす可能性を示唆している。そして、また、メディアの仕事がこの変化について耐えられるのかどうかについても疑問を投げかける。
英オックスフォード大学サイード経営大学院の上級研究員アレックス・コノック氏はCNNの取材に対し、「雇用数の削減は避けられないと断言するのは、あまりにも単純化されすぎている。しかし、雇用の仕組みに変化がないというのも空想的だ」と述べた。
ウェブサイトの商品説明によれば、回顧録はメラニア氏の指示と監督の下で生成されたAIによるメラニア氏の声のコピーによって朗読される。
専門家によれば、ナレーションにAIを使用することは一般的になりつつある。特に、グーグルやイレブンラボといった企業の科学技術によって、テキストベースの素材をポッドキャストのような音声に変換することが容易になったためだ。メラニア氏はオーディオブックの制作にイレブンラボを利用した。
しかし、メラニア氏の発表によって、AIの活用が、より前面に出てきた。
米ニューヨーク大学でAIと科学技術教育を担当するクレイ・シャーキー副部長はCNNの取材に対し、「ナレーションをすぐに置き換えるという動きは起こらないと思う。こうしたことは徐々に起こるが、これは確かに画期的な出来事だ」と述べた。
メラニア氏のオーディオブックは、IT大手各社が、誰でも簡単に、ほとんど手間をかけずにリアルな動画や音声を生成できるようにするツールを発表するなかで登場した。
メラニア氏がオーディオブックを発表した同じ週に、グーグルは、登場人物同士の会話を含む、場面に合った音声を制作できる動画生成モデルのより高度なバージョンを発表した。
昨年には、オープンAIが「Sora(ソラ)」と呼ばれる動画制作ツールを発表した。このツールは非常に人気を博して需要が高まったことで、オープンAIは新規登録を一時的に停止した。オープンAIは今年に入り、同社の画像生成ツールがスタジオジブリに似た画像を生成できるとして話題になった際にも同様の問題に直面した。
しかし、これはAIで生成された長編映画が近い将来に登場するという意味ではない。シャーキー氏によれば、この技術の現在のバージョンは、SNSで目にするような短編動画を作成するのに最適だという。
より可能性が高いのは、テレビ局や制作会社が既存の番組にAIを組み込む新しい方法を模索することだ。テレビ制作会社のコンサルタントを務めるコノック氏は、AIについてもっと知りたいと考えているテレビ業界の関係者と何度も会議を行ったと述べ、AIは1年前と比べて大きな変化だと語った。
コノック氏によれば、プロデューサーは、視聴者が番組を見ながらやり取りできる、テレビタレントのAIの複製を作成することに興味を持っている。同氏は、SNSのクリエーターに追いつきたいという願望が関心を高めていると分析した。
アレン人工知能研究所の元最高経営責任者(CEO)で、ワシントン大学名誉教授のオーレン・エツィオーニ氏は、AIが、メディアを視聴または読むためのものから、利用者が相互にやり取りできるデジタルコンテンツへの移行を可能にするかもしれないとの見方を示す。
「この章についてメラニア・トランプ氏と実際に話すことができたらどうだろう。それは近いうちにやってくる。メラニア氏とは無理かもしれないが、あなたのそばの書籍には近いうちにやってくる」(エツィオーニ氏)
ポッドキャストの制作や本の執筆、コードの作成といった作業についてAIが上達するにつれて、AIが人間の仕事を奪うのではないかとの疑問をAI生成のコンテンツが投げかけている。
今年発表された世界経済フォーラムによる仕事と働き方の未来に関する報告書によれば、仕事に関連した業務で生成AIがより大きな役割を果たすようになるため、雇用主の41%が人員削減を計画している。リンクトインのアニーシュ・ラマン氏は最近、米紙ニューヨーク・タイムズへの寄稿で、AIが一部の初級レベルの仕事と置き換わるのではないかとの懸念を表明した。
こうした懸念は特にメディア業界で広まっている。全米脚本家組合(WGA)に所属する映画やテレビの脚本家は自身の仕事の一部がAIに置き換えられるのを防ぐため2023年にストを行った。146日後、AIは「文学作品の執筆や書き直し」には使用できないとすることで合意した。
しかし、AIがメディアの仕事に取って代わるのかどうかという質問に答えるのは複雑だ。専門家は、ナレーションなどいくつかの分野はすぐに影響を受ける可能性があるとみている。しかし、機密データの微妙な取り扱いを伴う他の役割をAIで補うことはより困難になりそうだ。
「調査報道の記者として人々と知り合い、複雑な状況を理解するために多くの時間を費やすのであれば、その仕事は簡単に代替できるものではない」(シャーキー氏)
答えがその中間になる可能性もある。企業はAIの専門知識を持つ専門家を採用するよう採用慣行を変更するかもしれない。
だが、それは人員削減を意味するものではないかもしれない。
「伝統的に開発部門は文系の学位を持っている3人程度で構成されていた。それが今では、文系の学位を持つ人が1人、専門のプログラマーのような人が1人、学術研究者のような人が1人いるといった状況なのかもしれない」(コノック氏)